治療と仕事の両立における「見えない壁」について

先日、当団体のWEBサイトを通じ、40代の会社員Aさんから「現在の治療と仕事の両立について相談したい」とのお問い合わせをいただきました。

私たちはすぐに日程を調整し、オンラインで面談(ヒアリング)を実施いたしました。なお、今回の記事化にあたっては、ご本人の特定につながる情報を伏せた上で、Aさんよりご了承をいただいております。

Aさんを悩ませていた「見えない壁」

Aさんは、精密検査を経て初期のがんと診断され、今後の治療方針を固めている最中でした。Aさんのご不安は、病気そのものや治療への恐怖だけではありません。それは、「がんであることを、会社(上司・同僚)にどう伝えるか」という、非常に切実な悩みです。

Aさんは、こう切り出しました。「幸い、治療は通院でできそうです。主治医からも『仕事を辞める必要はない』と言われています。でも、上司にどう説明すればいいのか…」

詳しくお話を伺うと、Aさんの職場は、幸いにも人間関係は悪くないものの、いわゆる「古い体質」が残っており、管理職の多くが「がん=不治の病、長期休職」という、数十年前の「古い知識」で止まっている節がある、とのことでした。

Aさんの不安は、まさにそこにありました。

  • 「『がん』と伝えた途端、腫れ物に触るように扱われないか?」
  • 「逆に、『通院で治療できる』と伝えると、『なんだ、大したことないんだ』と誤解され、体調が辛い時に無理をさせられないか?」
  • 「『痩せてもいないし、髪も抜けていない』というだけで、『元気そうだ』と判断されてしまうのではないか?」

Aさんは、病気と闘うと同時に、職場の「古い知識」や「無理解」とも闘わなければならない、という二重のプレッシャーを感じておられました。

私たちが伝えたこと

私たちはまず、Aさんが感じているその不安や悔しさを、そのまま受け止めさせていただきました。その上で、私たちが団体設立に至った経緯、つまり「私自身も、古い知識や無神経な言葉に深く傷ついた経験がある」ことを共有しました。

その上で、具体的な「会社への伝え方」を一緒に整理していきました。

  1. 「病名」より「必要な配慮」を具体的に伝える
    • 「がん」という言葉のインパクトは強すぎます。それよりも、「通院治療のため、週に一度、半日休暇が必要になる」「抗がん剤の影響で、こういう作業(例:集中力を要する作業)が一時的に難しくなる可能性がある」など、業務上必要な「合理的配慮」を具体的にリスト化することを提案しました。
  2. 「古い知識」を逆手に取る
    • 「『昔のがんのイメージと違い、今は働きながら治療できる医術の進歩がある』という点を、Aさんご自身の口から(あるいは産業医などを通じて)会社にインプットしてはどうか」とお話ししました。これは、Aさん個人の問題ではなく、会社全体として「知識をアップデートする良い機会」だと捉え直すアプローチです。
  3. 「言わない」選択肢もあること
    • もちろん、どのような配慮も不要で、業務に支障がないのであれば、あえて詳細を伝える必要がないケースもあります。Aさんの状況を見極めながら、ご自身が最も働きやすい環境を選んで良いのです。

面談の最後、Aさんは「自分だけが悩んでいるわけではないと分かった。何を不安に感じていたのかが整理できた」と、少しだけ表情が和らいだように見えました。

面談を終えて

今回、Aさんが勇気を出して私たちにコンタクトしてくださったことは、まさに私たちが団体を設立した意義そのものだと再確認しました。

医術は日々進歩し、「がんと共存する生き方」は当たり前になりつつあります。しかし、社会や企業の「知識」が古いままでは、Aさんのように、治療の傍ら、職場の「無理解」という見えない壁とも闘わなければならない人が後を絶ちません。

当団体は、こうした一人ひとりのサバイバーの声に耳を傾け、社会全体の「がん」に対する認識をアップデートする活動を、粘り強く続けてまいります。

もし今、同じような悩みを抱え、一人でどうすればよいか迷っている方がいらっしゃいましたら、どうか一人で抱え込まず、WEBサイトからお気軽にご連絡ください。

一般社団法人がんキャリア社会連携センター 理事長 白井大志