その「がん知識」、古くないですか? 社員を傷つける前に、企業がすべきこと

がんについて、私自身も罹患するまでは知らないことばかりでした。 例えば「がんは痩せる」「抗がん剤の副作用で髪が抜ける」「ステージ4は重症」といった、漠然としたイメージです。

私ががんになってから、こうした「古い知識」に基づく会話は幾度もありました。 しかし、それ以上にひどかったのは、普段から知識をひけらかすある人物の「間違った知識」です。

その人物は、がんについても例外なく知ったかぶりをし、当時具合の悪さがマックスであった私にこう言い放ちました。

「死相が出ていない(から大丈夫)」 「人間はいつか死ぬ」 「免疫チェックポイント阻害薬は副作用がないし、めちゃくちゃ効く」 そして、治療中である私に向かって「(もう)経過観察中だ」

などなど、平気で口にするのです。ここまでくると「配慮」以前の問題であり、このような人物が組織にいること自体がリスクです。

しかし、問題はその人物だけでしょうか。 「悪気なく」これに近いことを言ってしまう危険性は、私も含め誰にでもあると思います。

先日、私は会員の新井田社長にお誘いいただきある団体の障害者支援を行なっている方のセミナーで「合理的配慮」について学びました。これは、障害のある方が困難なく社会生活を送れるよう、周囲が柔軟に対応することです。

この「合理的配慮」の精神は、もちろん、がんサバイバーに対しても必要です。 グループワークでは「合理的配慮の教育は、顧客への配慮にもつながる」という話が出ました。

まさにその通りですが、私は「配慮」だけでは不十分だと感じています。 なぜなら、土台となる「知識」が古かったり、間違っていたりすれば、その上の「配慮」も的外れなものになってしまうからです。

例えば、企業の上司が「がんは痩せるものだ」という古い知識を持っていたらどうでしょう。「太っているから大丈夫だ」と、必要な配慮を見落とすかもしれません。 「抗がん剤=休職」という知識しかなければ、働きながら治療できる最新の選択肢を提示できないかもしれません。

「悪気なく」言った言葉で、会社の貴重な人材が働き続けることを諦めたり、顧客を失ったりする。それは経営にとって大きな損失です。 こんな配慮のなさでは、顧客に対しても同じことをしているに違いありません。

なぜ、私がここまで「知識のアップデート」を訴えるのか。 きっかけは、担当の緩和ケアの看護師さんとの会話です。

当時、周囲から「(見た目が)痩せない」「禿げてない」(だから大丈夫そうだ)といった言葉をかけられることに、私が困っていると相談した時のことでした。 看護師さんは、きっぱりとこう教えてくれたのです。

「医術は驚くほど進歩しています。がんは痩せる、髪が抜けるといったイメージは、もう古いんですよ」と。

さらに「がんと共存する生き方」について具体的な話を聞く中で、私はハッとしました。 医術の進歩を知らなかったのは、あの無神経な人たちだけではなかった。私自身もまた、「がんはこういうものだ」という古い知識に縛られていたのだと痛感させられたのです。

この気づきこそが、社会全体の「がん」に対する認識をアップデートしたいという、団体設立を思い立たせた原点です。

今、企業に求められているのは、社員一人ひとりの「配慮」の教育だけではありません。 組織全体として、がん治療の「今」に関する古い知識を捨て、最新の正しい知識へとアップデートしていくことです。

治療法は日々進歩しています。 企業も、その知識をアップデートし続けなければなりません。 そうでなければ、無自覚に社員を傷つけ、社会から取り残されていくのではないでしょうか。

一般社団法人がんキャリア社会連携センター 理事長 白井大志