2022年にがんの告知を受けてから、丸三年。 私は今、がんと「共存」しながら生きています。
手術、放射線治療、抗がん剤治療と、標準治療と言われるものは全てやり尽くしました。現在は、医師から「あまり効果は期待できないかもしれない」と言われていた免疫チェックポイント阻害薬での治療を月1回受けています。
幸い、がんは大きくもならず、小さくもならず、静かにそこにある。それが私の「日常」です。
もちろん、幸せかと問われれば、即座に「はい」とは言えません。 「治らない」という不安、かさみ続ける医療費、そして頻繁に訪れる体調不良。これらは紛れもない現実です。
しかし、そんな私が今年の初めに、心の底から「自分は幸せだ」と思った出来事がありました。
突然、友を失って気づいたこと
今年の1月、大切な友人が心臓の病気で急にこの世を去りました。 あまりに突然の別れでした。
その時、真っ先に思ったこと。 それは、私と違い、彼にはまだ成人していないお子さんがいたことです。「どれほど無念だっただろうか」と、胸が締め付けられました。
翻って、私はどうでしょう。 確かに私のがんは治らないかもしれない。でも、「今」を生きている。 最期に向けての「準備」をする時間があり、こうして「一般社団法人がんキャリア社会連携センター」という、自分のやりたい活動に打ち込むことさえできている。
私は、亡くなった友人の親御さんに、こうお伝えしました。 「がんですけど、自分は幸せだと思います」と。
当法人の設立背景として公には記載していませんが、彼の死が私に「今、やるべきだ」と強く背中を押してくれた、大きなきっかけの一つであることは間違いありません。
そして先日、また別の友人が、突然遠くへ旅立ってしまいました。 今年初めに感じた、あの思いが、再び胸に蘇ってきました。
「参考にならない」と言われる私
こんな私ですが、当法人の理事からは、 「理事長は(ポジティブすぎて)がんサバイバーとしてあまり参考にならない」 と、よく言われます。
確かに、元々が楽観的な性格なのもあるでしょう。 また、私のがんが「希少がん」であり、胃や肺、大腸といった、生きるために必要不可欠な臓器ではなかった、という運の良さもあるのかもしれません。もし主要な臓器だったら、今のように笑っていられたかは分かりません。
(もちろん、冷静な自分もいます。今のがんが他の臓器に転移した場合、効果的な抗がん剤はもうない、と医師から告げられています。その時は「やばいな」と、ちゃんと分かっています。)
「準備ができる」という幸福
それでも、やはり思います。 志なかばで、突然未来を絶たれた友人たち。 彼らと比較するものではないと分かっていても、「死ぬ準備ができる」ということが、どれほど幸せなことか。
「がん」は、ある日突然、私たちの日常に割り込んできます。 がんになることを防ぎようはないかもしれません。 しかし、「備える」ことはできます。
当法人は設立してまだ間もなく、ご支援くださる企業様にも、まだ何のお返しもできていない状況です。
それでも、支援者の皆様、その従業員の方々、そして大切なご家族に、私自身の経験を通して「がんに対する認識」を少しでも変えていくこと。 「もしも」の時に備えることの大切さを伝えていくこと。
それが、今を生きる私にできる恩返しであり、使命だと感じ、日々活動しています。
一般社団法人がんキャリア社会連携センター 理事長 白井大志